今回の研究では、指揮の歴史や必要性、学校教育における指揮の位置づけや実際の取り組みをもとに、実際に中学生を対象に合唱指揮の指導を行い、生徒への合唱指揮の指導法とその留意点を明らかにすることとしました。

 まずは、実際音楽教育ではどのように指揮を取り扱っているか、ということを明らかにするため、実際に中学校で行われている指揮の授業の取り組みについて、雑誌『教育音楽』に掲載されている実践報告を中心に調査しました。その結果、音楽の授業では、指揮の目標として、「指揮を通じて表現したい音楽を演奏者に伝える、指揮者に合わせて演奏するなど、指揮者と演奏者の関係、つまりコミュニケーション能力を身につけさせる」こと、「鑑賞曲の指揮をさせ、音楽の持つ様々な表情を体感させることにより、鑑賞をより深いものにすること」、「実際に指揮を行うことで、指揮者の役割や意味に気付かせる」ことがあげられていました。その中で、「指揮の指導の際には教師が例を示すことが効果的である」ことが考えられていることも明らかとなりました。

では、生徒に指揮の指導をする際、教師はどのような点に配慮すべきでしょうか。合唱曲集『MY SONG』には、合唱を磨く指揮のコツとして、

〔1〕  その曲を盛り上げるような指揮をすること

〔2〕    歌いやすい指揮を心がけること

〔3〕   指揮者も心の中で歌うようにすること

〔4〕  ブレスのしやすい指揮をすること

〔5〕  歌、伴奏、指揮が一体となるようにすること

の5つのポイントが挙げられています。また、斎藤秀雄は、「頭の中で歌いつつ指揮をする」ことが必須条件である、と述べています。これらのことから、指揮の指導を行う際、「心の中で歌いながら指揮をする」ことが重要ではないか、と考えました。

中学校の取り組みで効果的と考えられている「教師が例を示す」こと、そしてMY SONGと斎藤が述べている「心の中で歌うように指揮をする」という指導の効果について検証するため、次のような実験を行いました。被験者は、清武町立加納中学校の1年生のクラス指揮者6人で、無作為に2人ずつ3つのグループA、B、Cに分け、Aグループは「心の中で歌うように指揮をすること」、Bグループは「楽譜に書かれていることを忠実に再現すること」を指導し、Cグループは「指導者の振り方を模倣」させました。具体的な指導内容と注意点は資料をご覧ください。使用曲は、校内合唱コンクール1年生課題曲『Let`s search for  tomorrow』を使用しました。生徒間に指揮の能力の個人差を出さないようにするため、予め全員に基礎練習として叩きと平均運動を指導しておきました。各グループ4回ずつ指導を行い、最後に6人を指揮者と歌い手に分け、指導者の伴奏で合唱を行い、評価を行うこととしました。評価の観点は、曲をよく表現できているか、合唱をまとめようとしているか、歌い手とコミュニケーションが取れているか、の3点としました。

では、各グループのVTRをご覧ください。まずAグループです。指揮者の視線と身振りの大きさ、歌い手の視線にご注目ください。(ビデオ再生)まず、(腕の動きを指しながら)身振りが大きいこと、そして少し分かりづらいですが、(指揮者の顔を指しながら)歌い手に視線を向けていることが分かります。(歌い手の顔を指しながら)歌い手も、指揮者に注目していることが伺えます。(Bが見えたらビデオ一時停止)

このビデオから、Aグループは、歌い手に視線を向けており、身振りが大きいことが必ずしも良い指揮とはいえませんが、少なくともここでは身振りが大きいことから、歌い手に音楽の表現を積極的に伝えようとしていること、そして歌い手が指揮者に注目していたことから、歌い手とコミュニケーションが良く取れていたと判断しました。しかし、強弱やアクセントの指導を行わなかったため、全体的に抑揚のない指揮になってしまいました。

続いてBグループです。指揮者の視線と指揮の強弱の変化、歌い手の視線にご注目ください。(ビデオ再生)まず、(腕の動きを指しながら)Aに比べて身振りが小さいこと、そして(指揮者の顔を指しながら)楽譜の方向、すなわち下を向いており、歌い手に視線を向けていないことが分かります。(歌い手の顔を指しながら)歌い手も、指揮者に注目していないことが伺えます。(Cが見えたらビデオ一時停止)

Bグループは、指揮者が楽譜の方向、すなわち下に視線を向け、歌い手に視線を向けておらず、また身振りが小さいことから、歌い手に音楽の表現を積極的に伝えようとしていないことが伺えます。また、歌い手が指揮者に注目していなかったため、歌い手とコミュニケーションが取れていないと判断しました。

最後にCグループです。指揮者の視線と指揮の強弱・アクセントの表情、歌い手の視線にご注目ください。(ビデオ再生)まず、(腕の動きを指しながら)Bグループ同様、身振りが小さく、(指揮者の顔を指しながら)下を向いて指揮をしていることが伺えます。(歌い手の顔を指しながら)歌い手も、指揮者に注目していないことが伺えます。(画面が黒くなったらビデオ停止)

Cグループも、Bグループ同様、指揮者の視線が下を向いており、身振りが小さいことから、歌い手に音楽の表現を積極的に伝えようとしていないことが伺えます。歌い手も、指揮者に注目していなかったため、歌い手とのコミュニケーションが取れていないと判断しました。

しかし、Bグループは、指導者が例を示さず、強弱やアクセントの振り方を生徒自身に考えさせたため、指揮の振り方に自信がなく、指導を始めた当初とあまり変化がみられませんでした。Cグループには、強弱やアクセントの付け方を、指導者が例を示して指導を行ったため、指揮の振り方に自信があり、表現の付け方を身体で覚えることが出来ていました。

また、指導者の例の有無で大きな差が出たのは、A・Bグループには、指導者が例を示さなかったため、32小節目の4分の2拍子の振り方や、最後の音の切り方を説明するのに苦労しました。Cグループは、指導者が例を示すことが出来たため、この箇所の指導は容易に行えました。

以上のことから、指導者が例を示すことで、生徒が音楽の表現を身体で覚えることが出来、更に拍子の変化や最後の音の切り方を指導しやすくなること、そして心の中で歌うように指揮をすることで、歌い手とコミュニケーションを取れるようになることが言えます。

今回の研究を通して、『コミュニケーション能力の育成』『表情に注目する鑑賞態度の育成』『音楽を行う上での責任ある態度の育成』の3つが、音楽の授業で指揮を取り扱うことの意義であることが明らかとなりました。そして、指揮の授業・指導を行う際には、『教師が指揮の練習の仕方、指揮の振り方、生徒への指導法などを習得しておくこと』『指揮の授業では、生徒の指揮に合わせて演奏者が演奏する学習形態をとること』『合唱指揮の指導の際には、「心の中で歌うように指揮をする」こと、そして「教師が例を示す」こと』が重要であると考えます。

以上で発表を終わります。