卒業論文発表原稿       

初等教育コース 矢野 敬子

 私は、音楽が聴取者の気分にどのような影響を及ぼしているのか、また、日常生活において音楽はどのような活用のされ方をしているのかという2点を実験やアンケート調査を通して研究を進めました。

 音楽と気分との関係についてのいくつかの先行研究では、大学生を被験者とし、実験における呈示音楽を主にクラシック音楽としていました。私は、被験者である大学生にとってクラシック音楽はあまり馴染みのない音楽なのではないかと考え、大学生が日頃親しんでいるポップス系の音楽を呈示音楽として研究を行ないました。

 研究は教育文化学部の学生13名を被験者とし、ポップス系の明るい音楽、暗い音楽をそれぞれ異なる日になるよう2日に分けて聴取前の気分調査票回答、音楽聴取、聴取後の気分調査票回答、日常生活と音楽に関する質問紙回答の手順で行ないました。呈示音楽はレジュメの通りであり、明るい音楽・暗い音楽の選考基準については省略します。気分調査票は1994年に坂野らによって開発されたものを使用し、「緊張と興奮」「爽快感」「疲労感」「抑うつ感」「不安感」の5因子について8項目ずつ、計40項目からなっていて、各因子の得点は8点から32点となっています。

 実験結果をもとに、曲想、好み、性別の要因が聴取者の気分変化に影響を与えているかを3要因分散分析によって調べました。グラフは男性と女性、明るい音楽と暗い音楽を聴取した時、明るい音楽と暗い音楽を好む者の聴取前後の平均点を表したものであり、被験者は全て同じですが、都合上1枚のグラフに表しています。このグラフは「緊張と興奮」の音楽を聴く前と聴いた後の得点を示していて、音楽を聴いた後の得点の方が統計的に有意に低くなっていることから、音楽を聴くことで「緊張と興奮」が低減することが分かります。「爽快感」は音楽を聴いた後の方の得点が高くなっていることから、音楽を聴くことで「爽快感」が増大することが分かります。同様に、「疲労感」は音楽を聴くことで低減することが分かります。「不安感」においては、音楽を聴くことで少しは得点が低くなっていますが、分散分析における有意差が見られず、音楽を聴くことでの気分変化が起こりにくい事が分かりました。「抑うつ感」においては好みと気分得点に有意差が見られ、グラフを見ても分かるように暗い音楽が好きと答えた人は音楽を聴いてもあまり得点が変わっていないのに対し、明るい音楽が好きな人は音楽を聴く事での得点が低くなることが分かります。

そこで、音楽を聴く前の好みの違いによる「抑うつ感」の得点を比較しました。このグラフは好みのグラフだけを取り出したものです。このグラフでも分かるように、明るい音楽が好きと答えた人の得点と暗い音楽が好きと答えた人の得点に差が見られ、明るい音楽が好きと答えた人の方が音楽を聴く前の得点が高かった事が分かります。このことより、明るい音楽が好きな被験者に対して特に音楽が抑うつ抑制効果があるというよりもむしろ、明るい音楽を好きな被験者の日頃の抑うつ度が相対的に高く、日頃から抑うつ感を軽減させることを目的として明るい音楽を好んで利用しているということが、抑うつ感の抑制に影響を与えているのではないかと考えました。

 そこで、大学生の日常生活において音楽はどのような使われ方をしているのかを調べました。アンケートを取ったところ、朝起きたとき、料理をしているとき、友人といるとき、掃除をするとき、眠るとき、リラックスしたいとき、落ち込んだとき、イライラしたときなどの結果が出て、これを分類すると、気分の高揚化を図るときと、気分の沈静化を図るときの大きく2つの場面に分類することができました。この大学生に対するアンケート結果を基に、小学生に対しての効果的な音楽の使い方について検討しました。気分を高揚化させる場面について、小学校の生活の中では、子ども達が登校してきたとき、掃除中のように体を動かす作業をしているとき、レクレーションなどのような楽しい雰囲気にしたいとき、午後の授業など、眠たそうな子どもが多いときの4つの場面が考えられます。一方、気分を沈静化させる場面では、自主学習などのような集中を要するとき、儀式の前などのように子ども達を落ち着かせたいとき、発表会などのように緊張していてリラックスさせたいとき、子どもが何かに悩んだり、落ち込んだりしているとき、子どもがイライラしているときの5つの場面が考えられます。

 先に述べた実験結果より、音楽聴取の結果として曲想の違いによる気分状態の変化に有意差が見られなかったことから、気分を高揚化させる場面、沈静化させる場面のいずれの場面でも、明るい音楽、暗い音楽のいずれを聴取させても効果があると言えます。しかし、大学生に対するアンケート結果では、気分を高揚化させたい場面では明るい音楽を、気分を沈静化させたい場面では暗い音楽を聴取するという結果が出ています。また、1996年に諸木・岩永が研究した結果でも、リラックスには鎮静的な音楽が、爽快感には覚醒的な音楽が効果的だと報告しており、本研究とは異なる結果となっています。先にも述べたように諸木らは被験者である大学生にあまり馴染みのない音楽を呈示音楽としていることが、実験結果に影響しているのではないかと私は考えました。

そこで、私は、本研究の結果と諸木らの見解を含め、気分の高揚を図るときには、馴染みのある音楽であれば明るい音楽と暗い音楽の両方を、あまり馴染みのない音楽であれば、明るい音楽を聴取させると効果的であると考えます。一方の気分の沈静化を図るときには、馴染みのある音楽であれば明るい音楽と暗い音楽の両方を、あまり馴染みのない音楽であれば暗い音楽を聴取させると効果的であると考えます。

また、近年「子どもの抑うつ」に関して、10%以上の子どもに抑うつ傾向が見られるという報告があります。私は、この数字はとても多い数であり、「抑うつ」の高い子どもへの対応が今後の学校教育におけるひとつの課題となるのではないかと考えます。そして、その対応法の1つとして、「抑うつ感」の高い子どもに音楽を聴取させると効果があるのではないかと考えます。

今回の実験では先行研究の結果と異なる結果が何点かありました。いずれの異なっている点も、呈示音楽の違いが考えられるため、呈示音楽の違いと気分状態変化との関係に関して、今後の研究が必要だと考えます。

また、今回の実験での聴取状態と日常生活の中で音楽を聴く状態とでは環境が異なっていて、それが実験結果とアンケート結果との矛盾点を生み出したのではないかと考えます。今後は日常生活により近い状態での音楽聴取が気分・行動に及ぼす影響・効果について日々の生活の中で研究をしていきたいと考えます。

今回の研究を通して、音楽の必要性に改めて感じることができました。特に、これまで漠然と使用していたBGMに関しては、曲想やジャンル、聴取者とその音楽との関連性などの様々な要素を踏まえて選曲することの大切さを感じました。また、私たちの生活に欠かせない音楽を教育現場で効果的に活用する事の可能性を見つける事ができました。本研究で明らかとなった事が、こどもたち一人一人に効果的であるとは断言できませんが、私は、これらのことを踏まえ、教育現場において様々な音楽を、効果的に活用していきたいと思います。