「ケプラーの超新星爆発」は金属を多く含む星の爆発だった
ー 爆発した星の残骸から、爆発する前の星の素性を探る ー

2013 年 4 月 8 日
English version at NASA web site: http://www.nasa.gov/mission_pages/astro-e2/news/post-mortem.html
(NASA のプレスリリースは、現地時間の 4 月 8 日にオープンになる予定です)

概要

宮崎大学工学部の森浩二准教授は、米国テキサス大学アーリントン校の Park, Sangwook 助教、米国ビッツバーグ大学の Badenes, Carles 助教らとの共同研究で、ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーが 1604 年に観測したことで知られる「ケプラーの超新星爆発」を引き起こした星が、太陽よりも数倍多くの割合で重い元素を含んでいたことを明らかにしました。日本のX線天文衛星「すざく」を用いて400年以上前に爆発した星の残骸を調べることで、爆発する前の星の素性を探りあてたのです。この発見は、宇宙の標準光源として用いられる Ia 型超新星爆発の明るさに予想外のバラつきがある可能性を示唆します。

本成果は、米国の科学雑誌「The Astrophysical Journal Letters」の4月10日付けに掲載されます。


研究の背景


図 1: NASA のX線天文衛星「チャンドラ」で撮影したケプラーの超新星爆発の残骸。これは低、中間、高エネルギーのX線で撮影した画像を、それぞれ、赤、緑、青色で作成し、それらを合成したものです。また、背景の白黒画像はデジタルスカイサーベイより取得した可視光画像です。この天体までの距離は正確にはわかっていませんが、23,000 光年程度だと考えられています。本画像の横の差渡しは 1/5 度角で、23,000 光年の距離を仮定するとおよそ80光年に相当します。 Credits: X-ray: NASA/CXC/NCSU/M.Burkey et al.; optial: DSS

星が死を迎える際に引き起こす大爆発のことを、超新星爆発といいます。超新星爆発の際には膨大なエネルギーが放出されるため、数十億光年彼方の深宇宙でおこった超新星爆発さえも観測可能です。超新星爆発はいくつかの種類に分類されますが、その中でも宇宙の標準光源として用いられているのが Ia 型と呼ばれるものです。Ia 型超新星爆発は、爆発時に放出されるエネルギーの量がほぼ等しいという特徴を持っています。エネルギーがほぼ等しいということは、絶対的な明るさがほぼ等しいということです。そのため遠くでおこった爆発はより暗く、近くでおこった爆発はより明るく観測され、その見かけの明るさで距離を知ることができるのです。2011年のノーベル物理学賞は、この Ia 型超新星爆発の詳細な観測から宇宙が加速膨張していることを突き止めたことに対して贈られました。

ところが、近年、この Ia 型超新星爆発の絶対的な明るさが予想外にバラついているのではないかと研究者の間で考えられるようになってきました。「Ia 型超新星爆発と一言でいっても、爆発前の星の組成・その周辺環境・そして爆発メカニズムは実は多岐に渡るのかもしれない」と語るのは、本研究をまとめた論文の主著者の Park 氏です。さらに Park 氏は「現在の我々の宇宙の理解は Ia 型超新星爆発に依存するところがあり、Ia 型超新星爆発をよりよく理解することは、宇宙そのものをよりよく理解することに繋がる」といいます。

爆発前の星の組成を探る一番よい手段は、超新星爆発により撒き散らされた星の残骸を詳細に調べることです。星の残骸は高速で膨張し周囲の物質に衝突するため、数千万度もの高温ガスの状態になります。そのため、爆発後数千年以上の間、X線で明るく輝きます(図1)。そのX線の中から元素特有の「輝線」とよばれる信号を捉えることで、研究者達は爆発する前の星の組成を知ることができるのです。論文共著者の一人である Badenes 氏は、「ケプラーの超新星爆発は、我々が住む天の川銀河内で最近おこった Ia 型超新星爆発の一つです。それ故、ケプラーの超新星爆発およびその残骸を研究することは、Ia 型超新星爆発の理解を深めるために重要なのです」といいます。

研究の内容


図 2: 日本のX線天文衛星「すざく」により取得されたケプラーの超新星爆発の残骸のX線スペクトル。横軸はX線のエネルギーで、縦軸がX線の強度をあらわします。また、十字で示される点がデータを、実線がデータを一番よく再現する理論モデルを、破線がその理論モデルの各成分を示します。鉄の信号と比べて、クロム、マンガン、ニッケルの信号の強度は弱いものの、それらを明瞭に検出できていることがわかります。なお、各元素からの信号は一般に複数あり、エネルギーが異なります。鉄のように豊富に存在する元素の場合は、図のように複数の信号が観測できます。

森氏、Park 氏、Badenes 氏らは、日本のX線天文衛星「すざく」(用語1)に搭載されたX線CCDカメラ「XIS」を用いて、ケプラーの超新星爆発の残骸を観測しました。合計で2週間以上にも及ぶ長期観測をおこなうことで、既に知られていた鉄元素からの強い輝線に加えて、クロム・マンガン・ニッケルからの微弱な輝線を明瞭に捉えることに成功しました(図2)。これら4つの元素からの輝線を検出することが、爆発前の星の組成を探る上で必要不可欠でした。論文共著者の一人である森氏は、「優れたエネルギー分解能・高い感度・低く安定したノイズを併せ持つ最新鋭のX線CCDカメラ「XIS」でしか、この観測結果を得ることはできませんでした」と語ります。

Ia 型超新星爆発の爆発時のエネルギーがほぼ等しいという特徴は、爆発する星がどれも「白色矮星」であることに起因しています。白色矮星とは、ほぼ炭素から構成され、質量は太陽と同じぐらいだがサイズは地球程度というコンパクトな天体です。白色矮星はそれ単独では非常に安定していますが、普通の星もしくは別の白色矮星と連星を成すと、一転して不安定になります。普通の星が相手の場合は、白色矮星の強い重力によりその星の表面のガスが剥ぎ取られ、白色矮星に降り積ります。別の白色矮星が相手の場合は、互いを回る軌道が徐々に小さくなっていき、終いには衝突してしまうでしょう。いずれの場合で質量が増加するにせよ、白色矮星の質量が太陽の1.4 倍に達したとき、超新星爆発が起こります。白色矮星中心部で炭素核融合が始まると、それが外部に伝播しながら進行し、星の表面に達した時点で自らを吹き飛ばしてしまいます。また、その爆発中の核融合反応で、より重い元素が合成されていきます。

この爆発後の残骸中に含まれるクロム、マンガン、ニッケルなどの微量元素の量を測定することで、爆発前の白色矮星中のヘリウムより重い元素の割合を示す「金属量」を見積ることができます。クロムの量が金属量に依存しない一方で、マンガンの量は金属量に強く依存し、その比が金属量のよい指標(トレーサー)になっているためです。また、星の中での元素合成が起こる場所によっては「クロム/マンガン比」がトレーサーとならない場合もありますが、「ニッケル/鉄比」がその場所特定のトレーサーとなっており、今回の場合は「クロム/マンガン比」が金属量のトレーサーになりうることがわかりました。こうしてケプラーの超新星爆発の残骸を「すざく」で観測して得られた「クロム/マンガン比」から、爆発前の白色矮星の金属量は太陽のそれと比較して3倍ほど多かったということがわかりました。このように Ia 型超新星爆発の残骸の観測から、爆発前の白色矮星の金属量が太陽の金属量に比べて有意に多いという結果を得たのは初めてのことです。

理論計算からは、爆発前の白色矮星の金属量が、Ia 型超新星爆発の絶対的な明るさに影響を及ぼすことがわかっています。従って、今回の発見は、Ia 型超新星爆発の絶対的な明るさにこれまで考えられていなかったバラつきがある可能性を示唆します。宇宙の膨張速度の測定は標準光源たる Ia 型超新星爆発の明るさのバラつき具合に依存しており、今回の結果は単に一つの星の爆発前の姿を暴いたというだけに留まらず、宇宙膨張の測定の信頼性の議論にまで発展していくことが予想されます。

研究の今後

森氏、Park 氏、Badenes 氏らは、日本のX線天文衛星を用いて、ケプラーの超新星爆発を引き起こした白色矮星の金属量が太陽の3倍近くあったことを明らかにしました。今後は、爆発後の残骸から爆発前の白色矮星の組成を探るという手法を他の超新星の残骸にも適用して、Ia 型超新星爆発の多様性の度合を明らかにし、我々の宇宙に対する理解を深めることが期待されます。


用語解説

用語1 すざく
「すざく (朱雀)」は日本の 5 番目の X 線天文衛星です。打ち上げ前は Astro-E2 という名前で呼ばれていて、2005 年 7 月 10 日に打ち上げられ、「すざく」と名付けられました。「すざく」は宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部 (現・宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所) が、NASA や日米の他の機関と共同で開発した衛星です。「すざく」についてのより詳しい説明はhttp://www.astro.isas.jaxa.jp/suzaku/ (日本語) および http://www.nasa.gov/astro-e2(英語) をご覧下さい。

日本連絡先:
宮崎大学 工学部 電子物理工学科
森 浩二 (もり こうじ)
mori #at# astro.miyazaki-u.ac.jp