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研究内容

2008/2/2 日本沿岸各地から記録されたセダカヤッコPomacanthus maculosus

田中宏幸



図1 宮崎県日南市南郷町大島の水深約7 mで撮影されたセダカヤッコ全長約30 cm。新地昭彦氏撮影。
最後に参考の幼魚未成魚の写真があります。


セダカヤッコPomacanthus maculosusはインド洋の北東部に限局すると思われてきたが、近年日本沿岸から4個体の成魚が記録され、それに対する考察が与えられた(瀬能, 2001)。その後も新たな目撃情報が寄せられたので、本稿ではその分布等に関して新たに考察するものである。

 

セダカヤッコP. maculosus (Forsskål, 1775) は紅海、アラビア湾、オマーン湾、セイシェル諸島、マダガスカル島、及びアフリカ東部沿岸(南限はモザンビーク)に分布するキンチャクダイ科に属する一種で、全長で最大50 cmに達する記録がある。本種のholotypeは紅海産から得られた個体である。アラビア湾やオマーン湾ではむしろ普通種とされ、またバーレーン及びカタールでは美味な食用魚として珍重される。成魚は雌雄の成熟したペアで観察される機会が多いが、その色彩には特に雌雄差を認めない。本種の外見上の特徴は、体側が青くその中央やや後方寄りに大型で不規則な三日月状の黄色横帯を持つ事にあり、更に頭部から背部前方、鰓蓋近傍にかけて約20ヶの濃い紫の小さな斑紋を持つ。背鰭及び臀鰭からは後方に極端に延長する糸状のフィラメントを有する。尾鰭は白く、後半を中心に肌理の細かな斑点を有する。一方、幼魚は全体に深い青色で体側に3本のやや太い白の横縞を、その間に10本以上のごく細い白の横縞を持つ。尾は白あるいは淡い黄色。成魚の特徴である黄色帯は5.5 cmに成長する頃から出始めるが、出現時期には個体差がある(Allen, Steene & Allen, 1998; Heemstra & Smith, 1986; Khalaf & Disi, 1997; Lieske & Myers, 2004; Randall, 1983, 1995; Schneidewind, 1999)。

 

我が国からの報告は19601218日に瀬戸内海の山口県岩国市柱島における全長184

mmの採集記録に始まる。この1例目は当時ヒレナガヤッコPomacanthus filamentosusとして報告された(片山, 1970)。その後19931019日から同年1212日にかけて駿河湾(静岡県清水市三保)の海底で観察・撮影されたのが2例目となる(益田・瀬能, 1994)。3例目は1997925日から翌26日にかけて三河湾(愛知県渥美郡渥美町大字宇津江)の宇津江港の100~300 m沖、水深5~7 mの砂泥地の定置網にかかった全長25 cmの個体である(竹本、大沼, 1999:動物園水族館協会全国研究会発表要旨より)。この個体は竹島水族館で飼育された(瀬能, 2001)。4例目は2001828日に宮崎県南那珂郡南郷町大島の灯台下にてダイヴァーにより撮影された全長約30 cmの個体である。岸から20~30 m離れ、水深は6~7 mであった。同じ場所にて別のダイヴァーが見たという報告もある。その約1年後、同県南那珂郡串間市都井岬の海岸線の海底数mにて、全長10 cm前後の幼魚班を残す個体をアクアリストが見ている(川原岳氏、私信)が、撮影・採集は出来なかった。以上、合計5個体の記録がある。

 

我が国からの4個体の記録に関して瀬能(2001)は、自然分布を否定して疑問符付きながら人為的な拡散、つまり飼育個体の放流によるものよりバラスト・タンク説を採用した。その後オーストラリアのダイヴァーであるルディー・クーター(Rudie H. Kuiter)が香港の友人から得た情報によれば香港では仏教の信者が飼われている高価な動物を海に逃がす風習がある。それには多くの海水魚をはじめとして、海水産は勿論、淡水産の亀までも含まれるという。放流された魚種が香港近海で繁殖し、やがて海流に乗り我が国へ到達する可能性も否定出来ない(Debelius, Tanaka & Kuiter, 2003)とした。

 

過去40年間に報告のあったセダカヤッコの個体数が極端に少なくかつ分散しているので放逐説も根強いが、人為的な放流が原因ではないとする説は、飼育される外国産魚種が非常に多種に及び、ほとんどセダカヤッコのみが発見されて来たのは不自然だという理由に基づく。放流が原因なら他の種類にも当てはまるのではないか(瀬能, 2001)とした。しかしながら他にもインディアン・スモーク・エンジェルフィッシュApolemichthys xanthurusの海底撮影記録(瀬能, 2001)、アラビアン・エンジェルフィッシュPomacanthus asfurの静岡県沿岸での採集及びヴィデオ撮影記録(静岡県在住のダイヴァー、私信)、クィーン・エンジェルフィッシュHolacanthus ciliarisの成魚(静岡県在住の別のダイヴァー、私信)等、本来我が国には分布する筈の無い魚種が発見されているのも事実で、更にこれら外来種が国内で生存可能か否かの問題を抜きにして考える事は出来ない。熱帯海域でのみ棲息可能な魚種は我が国の温水環境に適応出来ずに死滅し観察される機会がほとんど無いものと推測され、逆にセダカヤッコは日本の温暖な環境に馴染む可能性もある。実際、日南海岸で観察された個体は年を越して少なくとも半年間は同じ場所で棲息を続けた(新地昭彦氏、私信)。都会近郊の海岸線での放流は十分あり得るが、宮崎県串間市で観察された幼魚個体は、放流されたにしてはやや人里離れた場所であまり現実的とは思えない。仮に更に南方の鹿児島県、あるいは沖縄県での放流となっても10 cm前後の個体が流れ着く、あるいは遊泳する可能性はほとんど考えられない。

 

200612月に宮崎県延岡市で発見されたアベズ・エンジェルフィッシュCentropyge abeiの幼魚、3 cmはその後約3ヶ月もの間、複数のダイヴァーにより水深5 mで撮影され続けた(高橋勝栄氏、私信)。このキンチャクダイ科の種はそれまでパラオ、インドネシア、サモアの深度100m以深でのみ棲息が確認された種であり、海外からの入荷も知られておらず、宮崎県で発見された個体が自然分布か否かは疑問の余地が無い。その直後ヤップ島の水深120 mでも2個体採集された(Brian Greene氏、私信)。本種は太平洋海域に広く分布する可能性があり、また熱帯海域の深海性の魚種は時として温帯海域の浅瀬に姿を現す(岩槻幸雄教授、私信)。セダカヤッコは分布域では浅い場所にも数多く棲息するが、60 m前後のやや深い海にも適応する。

 

日本からの輸送船のバラスト水に紛れ込み海外で放出された海水産魚種の実例はある(瀬能, 2001)。逆に海外からの輸送船による偶発的な輸送もあり得るが、アラブ諸国などからの例えば石油輸出船にはバラスト水をほとんど収容していないと思われるので、海外からの輸送船による我が国での散布はやや不自然と考えられる。仮に輸送船によるものが可能とすれば、セダカヤッコに限らず我が国への多数の他種の輸送も行われて当然であると思われる。科学的に実証するには今後輸出入に関与する船舶のバラスト水の内容の検分を必要とする。

 

モーリシャス島及びレユニオン島のブルー・モーリシャス・エンジェルフィッシュCentropyge debeliusは発見当初、レンテンヤッコCentropyge interruptaが非熱帯海域の種でこれらインド洋の島々にも棲息するのではないかと推察されたが、その後別種と認められ記載された(Pyle, 1990)経緯がある。今までセダカヤッコは北西部インド洋以外の海域での観察記録が無かったが60 mの深海や、やや温暖な水温にも適応可能な事から、発見された南日本沿岸各地でも海水温に関する限りある期間の生存は可能ではないかと思われる。更に、分散的に分布する種類も相当数存在する。

 

セダカヤッコが現在までに海外から人為的に移入された記録は全く無く、棲息海域から遠く離れた場所へ回遊したという報告も無い。一方、ここ30年間の飼育魚種としての輸入例は毎年膨大な数に上る。以前から高価な観賞魚として取引され輸入数はそれほど多くは無かったものの、2000年前後から大量の幼魚が我が国へ輸入されるに至り、その価格も10分の1程度にまで下落した。20055月に筆者が台北市内で関連業者に直接聞いた話では、大量に台北市内で繁殖させ海外へ盛んに輸出しているという。当時既に台北では本種を人工孵化させ海外へ輸出する専門企業が存在していた(李, 2003)。

 

一般人による放流説は根強く残る。香港、あるいは台湾からの海流による運搬説も残る。つまり国内での無効分散の可能性がある。海外からのバラスト水移動説も然り。但し、海流による移動説は、香港と日本沿岸の中間海域にあたる台湾あるいは琉球列島等からは未だに報告が無いからやや否定的である。しかしながら分布に関して大いに疑問は残るが、例えば同じキンチャクダイ科のキンチャクダイChaetodontoplus septentrionalisは香港、台湾、中国沿岸、朝鮮半島、及び南日本沿岸ではごく普通に見られる種類であるにもかかわらず、沖縄はその分布域から除かれる(岡村・尼岡, 2000)。やや分散的な分布を示す種類は他にいくつか見受けられるが、キンチャクダイの稚魚も海流に乗り分散すると考えた場合、沖縄海域からだけは発見出来ないとするのも不自然と言わざるを得ない。

 

以上から、かなり唱え難い説ではあるが、新たに考えるのが南日本沿岸での繁殖説である。元来我が国でも繁栄していた種が現在危機的な推移を辿り、やがて絶滅の運命に晒されているのではないか、と筆者は考える。同一種が離れた海域でそれぞれ繁殖する例は数多く知られている。例えばチョウチョウウオ科の一種オオギチョウチョウウオChaetodon meyeriは東アフリカ沿岸からインド洋諸島、東南アジアを経て西部太平洋に広く分布する種で、東端ではライン諸島やマーシャル諸島までは分布する。ハワイ、ソシエテ、マーケサス諸島等には棲息しないが、ガラパゴス諸島では稀ではあるがかなりの数が記録されている(Constant, 1992; Humann, 1993)。これはガラパゴス諸島での孤立した繁栄を意味し、それらの中間海域では全く記録されていない事から、同時にこの魚種が取り残された生き残りである可能性を示唆する。その他、離間した複数の海域で繁栄しているものにオーニット・エンジェルフィッシュGenicanthus bellus(ソシエテ諸島、マリアナ諸島、マーシャル諸島、フィリピン、久米島、ココス=キーリング諸島)、ムスメベラCoris picta(南日本・台湾とオーストラリア海域)、カゴカキダイMicrocanthus strigatus(南日本~台湾、東西オーストラリア、ハワイ諸島の3箇所)等があり、彼らは中間海域からの記録が無い。実際にセダカヤッコが我が国での生殖活動の事実を示す観察例は皆無だが、日本のある海域で、あるいは深海にて繁殖を繰り返す場所があるいは発見され、個体のいくつかが沿岸まで分散してきた可能性も否定し得ない。

 

明らかに放逐によると考えられ発見された種類は海外でも散見される。ハワイ諸島オアフ島東南部に位置するカネオヘ湾では、クリスマス島(ライン諸島)で採集されたゴールド・フレイク・エンジェルフィッシュApolemichthys xanthopunctatusはかなりの数が見られ、更にカリブ海産のクィーン・エンジェルフィッシュHolacanthus ciliarisでさえ発見されている(以上、国内のアクアリスト、ハワイのダイヴァー、及び国内の輸入販売業者からの私信)。この海域では本来見られない種類がダイヴァーらによってしばしば観察されてきたのである。湾の近くに世界中から観賞用海水魚を集配する輸出入業者が居る。彼らが何らかの理由で放逐したのは自明の理であると考えられる。稀にハワイ海域で発見されるタテジマキンチャクダイPomacanthus imperatorは、ハワイにも分布するとされるが(Randall, 2007)、元来棲息していた種であるか否か、絶えず議論となる。例えハワイ近海での繁殖の観察例が存在するとしてもハワイを分布域に含めるべきか判断に苦慮する。推測の域を出ないが、あるいはここハワイでは太古の時代に繁殖したタテジマキンチャクダイが現在衰退の一途を辿っている事も考えられる。その一方、ハワイ諸島は固有種の占める割合が世界中で最も多い海域(Randall, 2007)で、現在この海域でしか観察出来ない種類の中にはブルーストライプ・バタフライフィッシュChaetodon frembliiの様に、かつては太平洋に広く分布していたものが取り残されたと想像される例も存在する。長期間ハワイ諸島及び近傍のジョーンストン島の固有種と考えられていたティンカーズ・バタフライフィッシュChaetodon tinkeriは、つい最近太平洋各地(マーシャル諸島、クック諸島、ランギロア環礁、グアム島)で撮影あるいは採集されている(Myers, 1999; Randall, 2005, 2007)。これまで以上にダイヴァー等の実地観察が重要視される。

 

潜水機材の発達、ダイヴァーらの未知の海域への、また深海への挑戦等のお陰で魚種の分布域の塗り替え等は毎年の如く行われるが、中には無効分散的な分布域を持つ魚種の扱いが難しくなっている。仮に生殖行動の事実を掴めば問題無いとして、より暖かい海域からの偶発的な流れ者であるか否かの判断を迫られる事もあり、その際発見された海域にも分布する種であるとすべきかどうか厄介な問題と言える。例えば30年以上前に岩手県沿岸で唯一発見採集されたサザナミヤッコPomacanthus semicirculatusは、人為的に放流された事実があれば当然分布域から外されるが、この種に関して最近の図鑑にも記載が無い(岡村・尼岡, 2000)。

 

過去40年間で我が国から数個体のセダカヤッコの発見があったのは事実であるが、判断材料に乏しく未だに推測の域を超えられない為にどの説が正しいのか実証するのは困難だが、大いに惹き付け想像力を逞しくするテーマである。

 

なお、現在問題視されている人為的な放流は環境破壊の元凶となり得る。実際に淡水湖では放置された輸入外来種が、日本古来の魚種をやがて絶滅に追い詰めるであろうと危惧される例がいくつか存在する。興味本位で飼育し、飼い切れなくなった個体を安易な気持ちで放流する行為は決して許される筈が無く、場合によっては将来へ向けて遺恨の罪とさえ言えよう。

 

謝辞

貴重な海底写真を提供して下さった新地昭彦氏、及び本稿を書く機会を与え校正を快く引き受けて頂いた宮崎大学農学部生物環境科学科水産科学講座魚類学研究室の岩槻幸雄教授には、この場をお借りして深く感謝致します。

 

参考文献

Allen, G. R., R. C. Steene & M. Allen, 1998 - A Guide to Angelfishes & Butterflyfishes. 250 pp.

Constant, P., 1992 - Marine Life of the Galapagos. 248 pp.

Debelius, H., H. Tanaka & R. H. Kuiter, 2003 - Angelfishes, a comprehensive guide to Pomacanthidae. 208 pp.

Heemstra P. C. & M. M. Smith, 1986 - Smiths’ Sea Fishes. 1047 pp. + 144 pls.

Humann, P. , 1993 - Reef Fish Identification, Galapagos. 204 pp.

片山 正夫, 1970 - 山口県瀬戸内海産魚類追加. 山口大学教育学部研究論議, 19(2): 107-114.

Khalaf, M. A. & A. M. Disi, 1997 - Fishes of the Gulf of Aqaba. 252 pp.

Lieske E. & R. F. Myers, 2004 - Coral Reef Guide Red Sea. 384 pp.

益田 玲爾・瀬能 , 1994 - 清水市三保で発見されたセダカヤッコ. IOP Div. News. 5(3) : 5.

Myers, R. F., 1999 - Micronesian Reef Fishes, Third Edition. 330 pp. + 192 pls.

岡村 収、尼岡 邦夫, 2000 - 日本の海水魚. 2. 783 pp.

Pyle, R., 1990 - Centropyge debelius, a new species of angelfish (Teleostei : Pomacanthidae) from Mauritius and Reunion. Rev. fr. Aquariol., 17 (2) : 47-52.

Randall, J. E., 1983 - Red Sea Reef Fishes. 192 pp.

Randall, J. E., 1995 - Coastal Fishes of Oman. 439 pp.

Randall, J. E., 2005 - Reef & Shore Fishes of the South Pacific. 707 pp.

Randall, J. E., 2007 - Reef & Shore Fishes of the Hawaiian Islands. 546 pp.

幸芬 (主編), 2003 - Marine Fishes, World Magazine, No. 62. 160 pp.

Schneidewind, F., 1999 - Kaiserfische. 262 pp.

瀬能 , 2001. - 日本に人為拡散したキンチャクダイ科魚類2種について. IOP Div. News 12 (10) : 2-5.

 

田中宏幸(たなかひろゆき)

 宮崎市神宮在住、内科開業医、昭和297月都城生まれ。

 E-mail: cirrhilabrus@msn.com 

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図2 幼魚及び未成魚参考写真 セダカヤッコPomacanthus maculosus

A) 幼魚、3 cm。淡いが黄色の帯が背鰭に出てきた。台湾での養殖個体。
B) 幼魚、7 cm。帯状の模様は上から伸びてくる。台湾での養殖個体。
C) 幼魚、6 cmBの個体より小さいが、色彩はかなり成魚に近い。台湾での養殖個体。
D) 若魚、14 cm。背鰭からフィラメントが伸びてきたが、頭部にまだ幼魚斑を残す。紅海産。


 
 
 
 
宮崎大学農学部 宮崎大学農学部生物環境科学科 水産科学講座