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研究内容

2008/09/18 

宮崎の浅い海でヤスジチョウチョウウオ

Chaetodon octofasciatus)を発見


=写真と解説 田中宏幸=




1 ヤスジチョウチョウオ、全長約35mm。宮崎市サンマリーナ宮崎。岸壁から見下ろした水面下で。  図2足元で見られるという信じ難い光景。水面下わずか10~20cm   にて。



図3 観察中、盛んに岩に付いた餌を突いていたのが見えた 図4 シマイサキの幼魚(約25mm)のクリーニングを受けるヤスジチョウチョウウオ。


図5 (参考)ヤスジチョウチョウオ。黄色い変異個体、35mm。スラウェシ島(インドネシア)産。水槽。滅多に入荷しないヴァリエーションの一つ。

図6(参考)ヤスジチョウチョウウオ。一般的な個体。全長約40mm。安価だが飼いにくい。水槽。


ヤスジチョウチョウウオChaetodon octofasciatus Bloch, 1787はチョウチョウウオ科(Chaetodontidae)に属するチョウチョウウオ属(Chaetodon)の仲間で小型の種類である。過去に伊豆半島等からの記録もあるが本土では大変珍しい一種となる。私はサンマリーナ宮崎(宮崎県宮崎市、みやざき臨海公園)を2008829日の正午過ぎに訪れた際に見つけた。私にとってまさに偶然ではあるが、一大事であったのでここに報告する。

 

見たのはこの1個体のみだが、湾内の岸壁で一所懸命餌をついばんでいるのを約15分間観察出来た。周囲には5~6cmのチョウチョウウオやトゲチョウチョウウオ、8cmほどのハギやベラの仲間も数尾居たが全く無関心で、水深約2mの場所で、足元の海面から1mの深さの所から海面下30cm位のごく浅い場所まで行ったり来たりしていた。私が身体を動かすとサッと岩陰に隠れてしまう事が多いが、すぐに出て来ては盛んに餌を摂るので撮影は意外に楽であった。確認出来ないが、岩に付いた小動物を突付いている様であった。その後、激しい雨に見舞われて見に行けなかったが、831日の午後晴れ間の出た合間に再び訪れると、再び同じ場所で見る事が出来た。今度は海面下10cmのごく浅い所まで上がってきたので、その色彩はより明瞭となった。時にじっと動かずに居たので目を凝らしてよく見ると、全長25mmほどのシマイサキ(Rhyncopelates oxyrhynchus)の幼魚が寄り添っているのが分かった。約3分間観察したが、どうやらこのシマイサキからクリーニングを受けている様子であった。その後すぐに雨が降り始めたので観察は中止したが、この日は約30分間観察出来、100枚もの写真に収める事が出来た。

 

91日の正午過ぎも同じ場所で元気良く餌をついばんでいた。この数日は大潮で、撮影したのは最干潮となるのが1時前後であった。干潮時には海面は足元から約2m下になる。最近の大雨でやや水は濁っていたが、このチョウチョウウオが海面近くまで上がってきたのは大変幸運であった。この魚は海面下1m付近まで潜っても際立つ存在である。92日の朝7時頃に4度目の観察が出来た。満潮と重なりその海面は足元から約1.5m下の場所にあった。餌も少ないのであろうか、さすがに海面近くまでは上がってこなかったが海面下約30cmまではその姿を見せてくれた。同日正午過ぎにヴィデオ撮影のためにと再び出かけるも全く姿を現さなかったが、翌朝7時頃に収録する事が出来た。

 

ヤスジチョウチョウウオは他のチョウチョウウオ属の仲間と比較し体型はほぼ円形で、白地に黒い横縞が8本走り、口元は黄色みを帯び、腹鰭全体とシリ鰭の外側は黄色く海底でよく目立つ。尾の付け根には黒い斑点が付いているが縞模様にほぼ隠される。尾は、根元以外は透明。学名は8本の黒の縞に由来するが、これは体側の7本と顔に付く1本から来ている。背鰭及びシリ鰭の後方には黒い縁取りがある。本種は南日本(伊豆半島が北限と思われる)から台湾、フィリピンを経て東南アジアを中心に、パラオ、パプア・ニュー・ギニア、ソロモン諸島といった西部太平洋、及びスリ・ランカ、インド沿岸、アンダマン海などのインド洋東部に分布する。本州や九州では滅多に見られず奄美諸島まで行かないとほとんど期待出来ない。我が国での観察例は極めて稀(岡村、尼岡, 2000)とある。実際に沖縄で撮影された写真を見る機会には恵まれない。

 

成魚は単独で居る事もあるが、一般にペアを組み、時に3尾ほどの小グループを形成して活動する(Kuiter, 2002)。海底では珊瑚や転石の間を素早く行動し、その姿を見つける事は出来ても追いかけるとまるで忍者の様に逃げ回る(椎葉勲氏私信、宮崎市)と言う。珊瑚の間に隠れるとその縞模様が重なりやや見付けにくくなる。いくつかの魚類図鑑にはその分布域としてモルディヴ諸島やオーストラリアが加わっているが、棲息するという確かな記録は無い。なお、オーストラリア北部周辺、及びパプア・ニュー・ギニア海域には近似の2Chaetodon aureofasciatus及びC. rainfordiが棲息し、ニュー・サウス・ウェールズ州から離れた位置にあるロード・ハウ島やノーフォーク島には固有で別の近似C. tricinctusが居る。彼らはヤスジチョウチョウウオとは起源が同じものと考えられる。いずれも体型は丸くDiscochaetodon亜属に分類される(Burgess, 1978)。ヤスジチョウチョウウオはこのグループでは最も広い分布域を持つが、近似の3種とは分布が重なる海域は無い。

 

ヤスジチョウチョウウオには大まかに2型の色彩があり、パラオ、スラウェシ島(インドネシア北部)、パプア・ニュー・ギニア東部、ソロモン諸島に産する個体はからだ全体が黄色いのが特徴である。一方、南日本や台湾、フィリピンを含む他の東南アジア、インドネシア(スラウェシ島を除く)、パプア・ニュー・ギニア中西部、アンダマン海、インド、スリ・ランカなどの個体はほぼ白地である。バリ島でこれら2つの体色の個体を別々の機会に見たというダイヴァーも居る(小川晃氏、私信)。更にこれらの中間型とも言える体色を持つ個体もある。パプア・ニュー・ギニアのミルネ湾産の個体だけはからだが白く周囲のみが黄色いという配色である。からだの黒の縞模様にも場所によって少しずつ変化が見られる。これらの色彩変異は将来別種に分類される可能性も残るが、現在はただ1種として扱われる。ハワイの魚類学者ジョーン・ランドール(John E. Randall)博士から“黄色い個体を白い個体と比較したが何の違いも見出せなかった”と聞かされた(私信)。黄色の個体群がインドネシアの一部と遠く離れたパプア・ニュー・ギニア海域に居て、それらの中間海域では白い個体群しか居ないのは不思議な現象と言える。インドネシアの海域での調査が更に必要と思われる。我が国の記録では最大全長10cmに、海外からの報告(黄色い個体)では12cmに達する。前者は12cmに、後者は15cmになると言うダイヴァーも居る(Kuiter & Tonozuka, 2004)。

 

自宅から車で数分の海で、しかも目の前で初めて見た時には我が眼を疑った。日南海岸で数メートルまで潜るヴェテラン採集家もこれまでに1尾しか見た事が無い(椎葉勲氏私信、宮崎市)と打ち明けてくれた。ここでは他の大抵のチョウチョウウオが見つかっても不思議では無いほど珍しい。但し、ヤスジチョウチョウウオは比較的濁った内湾を好む傾向にある。それにしてもどうやってここまで辿り着いたのか? 一般に大きくなりすぎて家庭で飼えなくなった、あるいはケガや病気をした個体を海に返すという話は時たま聞くが、このヤスジチョウチョウウオの場合、放流はまず考えられない。その理由のひとつとして傷一つ無く丸々と太っているからである。よほどの事が無い限り海に放つ事はあり得ない。傷が付いたからと買った店に持って行っても引き取ってもらえる事はほとんど無く、例えば飼うのに飽きた場合でもわざわざ死なすアクアリストはおらず、大抵は親しい友人に譲ったりするものだ。

 

食用魚としての価値は無く、古くから人気のある観賞魚として不動の名声を保つ。6~7cm位の個体はよく入荷するが、珊瑚に依存するため長期飼育の難しい魚である。ここで見つかった個体は自然のまま、出来たら末永くその美しい姿を見せて欲しいと願うものである。

 

謝辞

 ヤスジチョウチョウウオに関する情報を寄せて頂いた次の方々に深謝する次第である。John E. Randall博士(オアフ島)、小川晃氏(伊豆)、及び椎葉勲氏(宮崎市)の皆さん。WEB魚図鑑の回答者、及び博士(神奈川県立博物館)にはシマイサキの幼魚の鑑定をして頂いた。同じく心から感謝したい。

 

参考文献

Allen, G. R., 1979. - Butterfly- & Angelfishes of the World, Volume 2.

Burgess, W. E., 1978. - Butterflyfishes of the World.

Kuiter, R. H., 2002. - Butterflyfishes, Bannerfishes & Their Relatives.

Kuiter, R. H. & T. Tonozuka, 2004. - Indonesian Reef Fishes, 3-volume set.

Michael, S. W., 2004. - Angelfishes & Butterflyfishes.

Steene, R. C., 1977. - Butterfly- & Angelfishes of the World, Volume 1.

岡村収、尼岡邦夫, 2000. - 日本の海水魚.

 

田中宏幸、神宮医院院長宮崎市神宮在住、54



 
 
 
 
宮崎大学農学部 宮崎大学農学部生物環境科学科 水産科学講座