私が研究をスタートした時点(2003年)では、これらのタンパク質群の具体的な役割は明らかではありませんでしたが、 近年、各成分の生化学研究が急速に進みました。 SufS/SufE複合体はcysteine desulfurase(硫黄原子の供与体)として機能し、SufA二量体は鉄原子の供与体と予想しています。 SufB/SufC/SufDの具体的な役割は不明ですが、Fe‐S クラスター形成反応における中心的な機能は疑いがありません。興味深いことに、SufBCDは複合体を形成し、 その中でSufCはATPaseとして機能します。このSufCはABC-ATPase (ABC トランスポーターのATPaseドメイン、構造変化の動力源)と類似性を示す(約26%) ことから、SufBCD 複合体の分子機能にはダイナミックな構造変換が含まれると考えています。本研究では、この SUF マシナリーにおいて、それぞれの多成分複合体がどのように Fe-S クラスターを合成し、 どのような機構でアポタンパク質に Fe-S クラスターを供与する のかという反応およびその調節メカニズムを解明することを目的としています。
SufDのアミノ酸配列は、他のタンパク質とは相同性がないため、その機能は全くわかりませんでした。そこで、機能の手掛かりを得るために、SufDのダイマー構造を決定しました。SufD構造は、β-へリックスと呼ばれる特殊なフォールディングをおり、構造モチーフデータベースでは新規スーパーファミリー分類される新規構造タンパク質でした。立体構造からも機能の推定が困難であったため、この特殊な構造を念頭におき、遺伝学的な手法により機能に関わる残基を調べることにしました。
SufD の構造と機能の相関を調べるために,様々な部位のアミノ酸残基に変異を導入し、これら変異 SufD の in vivo 機能を 大腸菌変異株の相補能から評価ました。この実験系では温度感受性プラスミドの入れ換えを利用しており、SufDが機能しなければ43℃で生育することができません。その結果,
1) N 末端 αヘリカルドメインの欠失は SufD の機能にほとんど影響しない。 2) C 末端のα-ヘリカルドメインを削除すると重篤な影響が現れ, α7-9 を欠失すると相補能が完全に失われた. 3) 二量体会合面のH360をヒスチジン以外の19種類のアミノ酸に置換すると機能不全となった. H360変異体では、タンパク質の安定性や複合体形成能は変化しないことも実験的に証明でき、Fe-Sクラスターの合成への直接的な関与が強く示唆されました。 ヒスチジンはFe-Sクラスターの配位子となりえるため、H360が合成途中のクラスターの結合部位であることが期待されます。興味深いことに, H360 の側鎖は、二量体会合面の分子内部(βヘリックスの内側)に完全に埋もれています。
SufC2-SufD2複合体構造を決定したところ、SufCはATP加水分解に適した構造をとっていました。上述のとおり、SufCはモノマー状態では不活性であったことから、複合体形成によって活性化されることがわかりました。
また、SufDダイマーに結合した二つのSufCは、複合体中では離れて位置していました。ABC-トランスポーターのアナロジーで考えると、二分子のSufCはダイマーを形成することが推定されます。 そこで、SufCの予想ダイマー会合面にシステイン変異を導入し、ジスルフィド結合可能な距離まで近づくかどうかを調べました。その結果、複合体中のSufCは、ATP+Mg依存的にダイマーを形成することを明らかにしました。