カンキツ自家不和合性の解析

 カンキツ類の自家不和合性は,経済栽培や育種の際の重要な問題である.その機序は生殖生理や分子生物学的研究においていくつかの知見が得られているものの,原因因子は同定されておらず,関連遺伝子の翻訳レベルでの研究はほとんど行われていない.そこで,本研究では,カンキツ類の自家不和合性の機序解明のための新たな知見を得るために,関連因子の有効な同定手法について検討し,雌雄両配偶子側からのアプローチを行った.

  1. 雄性配偶子側の自家不和合性の関連因子の探索を行うために,ヒュウガナツ花粉を用いた液体花粉培養系の検討を行い,in vitroによる自家不和合性の現象の視覚化や分子生物学的解析の材料を作製する手法を確立した.また,ヒュウガナツ普通系と自家和合性変異系統の花粉と雌ずいを用いて液体花粉培養系による自家不和合性の現象の観察を行ったところ,受粉試験による花粉管の挙動や着果試験の結果と一致し,in vivoでの自家不和合性現象をin vitroで再現することができた.さらに,この液体花粉培養系を用いた関連タンパク質の探索のために,ヒュウガナツの雌ずいの粗抽出物処理を行った花粉管のプロテオーム解析を行った.その結果,不和合反応が生じている花粉管において,バラ科の自家不和合性の雄性配偶子側因子であるF-box タンパク質の発現量が低下することが明らかになった.その機序は不明であるが,同タンパク質の発現減少は自家不和合性反応を引き起こしている可能性が示唆された.以上のように,カンキツ類における自家不和合性の関連因子の探索には,プロテオーム解析と液体花粉培養が有効であることを確認した.今後,本技術を利用した雄性側関連タンパク質の同定や薬剤応答の解析を行うことにより,自家不和合性の機序解明や和合性誘導による着果促進剤の開発への応用が期待される.(Uchida et al. 2012a, 2012b)
    液体花粉培養により正常に発芽した花粉と破裂した花
    図 液体花粉培養により正常に発芽した花粉と破裂した花粉
    図 和合/不和合現象を示した花粉管を利用したタンパク質の同定
    図 和合/不和合現象を示した花粉管を利用したタンパク質の同定
  2. ポリアミンは、低分子の脂肪族ポリカチオンであり、様々な細胞生理機能に広く関わっており、ポリアミン合成関連遺伝子の機能の欠如や過剰発現は花粉発芽や花粉管の伸長を抑制することが知られている。そこで、本研究ではカンキツの自家不和合性とポリアミンとの関係を解明するために、強い自家不和合性を有する’晩白柚’と’日向夏’の発芽した花粉管に和合および自家不和合様処理を行い、花粉管内部のポリアミン含量を分析した。また、和合および自家不和合様処理した花粉管においてnano-LC-MSで分析を行い、同定した自家不和合関連遺伝子の発現とポリアミンとの関係について考察した。その結果、ポリアミンのひとつであるスペルミジンを外生処理した花粉管は、自家不和合様反応と同様の異常な形態が観察され、花粉管内のポリアミンの含量も増加した。また、候補遺伝子として同定された、Cu/Zn superoxide dismutase、Mn superoxide dismutase、catalase およびcysteine proteaseの発現が自家不和合様処理により増加し、外生的なスペルミジン処理は自家不和合様処理とほぼ同様の発現傾向が確認された。また、同処理は花粉管の活性酸素(ROS)とカルシウム含量の増加およびアクチン繊維の脱重合の促進が確認された。以上のように、ポリアミンがカンキツ花粉管の自家不和合様反応を誘発できるばかりでなく、自家不和合性関連遺伝子の発現量を増加することを明らかにした。また、これらの花粉管の一連の変化は、一種のプログラム細胞死の現象と一致していた。花粉管内のポリアミン量の変化は自家不和合性を制御する重要な要因かもしれない。(Li et al., 2015a, 2015b)
    図 液体花粉培養において和合/不和合様現象で発現したタンパク質の分類
    図 液体花粉培養において和合/不和合様現象で発現したタンパク質の分類
    図 自家不和合関連遺伝子の発現解析
    図 自家不和合関連遺伝子の発現解析
  1. 1)Uchida, U., H. Sassa, S. Takenaka, Y. Sakakibara, M. Suiko, H. Kunitake, Identification of self-incompatibility related proteins in the pistil of Japanese pear (Pyrus pyrifolia (Burm.f.)) by proteome analysis. Plant Omics Journal, 5(4):320-325, 2012a
  2. 2)Uchida, A., S. Takenaka, Y. Sakakibara, S. Kurogi,, C. Honsho, H. Sassa, M. Suiko and H. Kunitake, Comprehensive Analysis of Expressed Proteins in the Different Stages of the Style Development of Self-incompatible ‘Hyuganatsu’ (Citrus tamurana hort. Ex Tanaka)  J Japan Soc Hort Sci. 81:150-158, 2012b
  3. 3)Honsho, C., E.Yamamura, K. Tsuruta, Y. Yoshimaru, K. Yasuda, A. Uchida, H. Kunitake and T. Tetsumura. Unreduced 2n pollen production in ‘Nishiuchi Konatsu’  Hyuganatsu as inferred by pollen characteristics and progeny ploidy level.  J Japan Soc Hort Sci., 81:19-26, 2012
  4. 4)内田飛香・安部秋晴・星野洋一郎・國武久登. ヒュウガナツ(Citrus tamurana hort. ex Tanaka)における成熟花粉の液体培養系の確立. 園芸学研究, 11:173-179,2012
  5. 5)Li, Y., Abe, A., T. Fuse, T. Hirano, Y. Hoshino, H. Kunitake, In vitro self-incompatible-like response applied for protein identification and gene expression analysis in Citrus cultivars, Banpeiyu and Hyuganatsu. J Amer Soc for Hortic Sci. 140(4):339–345, 2015a
  6. 6)Y. Li, A. Uchida, A. Abe, A. Yamamoto, T. Hirano, H. Kunitake Effect of polyamine on self-incompatibility-like responses in pollen tubes of Citrus cultivars, Banpeiyu and Hyuganatsu. Journal of American Society of Horticultural Sciences, 140 (2): 183–190, 2015b