突然変異育種

現在私達が農業で利用している植物の多くは、人類が野生植物から栽培化して、長い時間をかけて農業上有利な個体を選んできたという歴史を持ちます。

農業上有利な個体が生まれてくる原因として、DNA の塩基配列が変化する突然変異が挙げられます。DNA上に存在する遺伝子の塩基配列が変化すると、転写、翻訳されてできるアミノ酸が変化しタンパク質の機能も変化します。

 
 
 
遺伝子上の1塩基対が突然変異して他の塩基対に置き換わる(塩基置換)だけでも、翻訳されるアミノ酸が変わることがある。
 
 
 
 
 
 
 

突然変異育種

自然界では突然変異が生じる確率は非常に低いため、人工的に突然変異を誘発し突然変異体を得て、新たな特徴を持つ植物として利用する、もしくは品種改良の材料として利用することを突然変異育種といいます。つまり、これまでに長い歴史の中で得てきた優れた植物を短時間で得ようとする手法で、進化を加速するということです。

私達は、理化学研究所仁科加速器研究センターと共同で「重イオンビーム」を植物に照射して突然変異を誘発しています。重イオンビームとは、炭素イオンやアルゴンイオン、鉄イオンを加速することで得られるもので、細胞に照射することで2本鎖 DNA を切断し突然変異を誘発することができます(詳しくは、こちら重イオンビームが生物進化を加速する)。

突然変異育種の効率化に向けて、植物が DNA 損傷をどのように認識して修復するのか、またその結果どのような突然変異が生じるのかを研究しています。

 
 
 
 
 
重イオンビームがDNAの近くを通過すると、2本鎖切断を誘発する。植物ではこの損傷を修復するときに、切断部分の塩基が失われることが多い。コドンが大きく変わるため遺伝子の機能が失われる確率が高く、重イオンビームは高い突然変異率を示す。
 
 
染色体(青色)上のDNA2本鎖切断部分(緑色の点)を検出

染色体(青色)上のDNA2本鎖切断部分(緑色の点)を検出。損傷を修復するまで細胞分裂を停止している。

花の大きさの制御機構の解明

突然変異体は、遺伝子機能を調査するのにも欠かせない材料です。これまでに、突然変異体の特徴(形質)と突然変異によって壊れた遺伝子の関係性を明らかにすることで、様々な遺伝子の働きが決定されてきました。遺伝子機能を解明することで、品種改良に必要な時間の短縮、品種改良の効率化が期待されます。

私達は、花の大きさを制御する仕組みに興味を持ち研究を進めています。花器官サイズの制御は、花卉園芸植物にとって非常に重要な形質であり、長年にわたる育種で注目されてきたにも関わらずその詳細は明らかになっていませんでした。

重イオンビーム照射によって得られた花器官の大きさが変化する突然変異体を用いて、変異遺伝子と花の大きさとの関係を調査し、制御機構の解明を試みています。

野生型の花(a)に対して約2倍の大きさの花を咲かせるシロイヌナズナ変異体。花弁の細胞が野生型(c)に比べて変異体(d)の方が大きくなっていることがわかる。Bars = (a, b): 1mm, (c, d): 20μm.